あたしが過去に作った雑コラにこんなものがある

会見で角田由紀子弁護士は、これらの投稿によって支援を必要とする若年女性が二の足を踏む恐れがあると指摘。「表面的には仁藤さんらを攻撃しているが、『声を上げる女は許さない』というのが中心的なメッセージ。女性全員がこの攻撃にさらされている。女性の生きる力をそごうとする社会を許してはいけない」と強調しました。
この「女性全員がこの攻撃にさらされている」という言葉が引っかかった。

もちろん普通の人間は戦争を望まない。しかし国民を戦争に参加させるのはつねに簡単なことだ。とても単純だ。国民には攻撃されつつあると言い平和主義者を愛国心に欠けていると非難し国を危険にさらしていると主張する以外には何もする必要がない。この方法はどんな国でも有効だ。
このヘルマン・ゲーリングの言葉の一節が脳裏を過った。
それでゲーリングの顔に角田由紀子の顔を被せて雑コラを作ったのである。
これはゲーリングの模倣だということを示すために。
これに何の疑問を示さず垂れ流した共産党も問題。
全ての女性が同じ価値観であるという前提に立脚した内容でもあって多様性を否定する問題もありますが、特に問題視すべき所は、ゲーリングが述べていた「ナチスの手口」を使っていることを見逃す程までに、フェミニストの前では無防備であり、見境がつかなくなっているということにあります。
10年前の安倍政権への批判でも引き合いにしているのに、今になっては危機意識がないどころか逆に肯定してしまっている。国家間の戦争には厳しく否定していながら、男女間の対立を煽って国民同士による内向きの戦争、すなわち内戦を徒に煽る。国民同士で戦わせることに対しては極めて前のめりという姿勢は腑に落ちない。
今の共産党は男女間の対立を煽ることが党勢を盛り返すための「阿片」として依存してしまっているのではないでしょうか。そうして党勢が弱っている痛みを誤魔化しているようにも見えます。女性のルサンチマンに呼応したり、キモいオジサンをスケープゴートにしたりした所で党勢の衰退に対して抜本的解決にはなりません。
軍事費と公共事業費をゼロにしても財政黒字化が達成できないという歳出の構造を見るに、ついには社会保障費にもメスを入れる必要が出てきて、「財政トリアージ」を実践する必要がでてきたのではないでしょうか。しかしそれこそがすべての国民を救うという矜持は持たないということを示してしまったのではありませんか。
ちなみにマルクスは宗教を阿片のようになぞらえていますが、当時の背景で考えると「麻酔」として解釈することが適当で、痛みを感じなくさせるだけで根本的解決に貢献しないという意味で批判しているのであって、「麻薬」として人を狂わせるものと解釈するのは不適当でしょう。



