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	<title>オタク | Ciel</title>
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	<title>オタク | Ciel</title>
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	<item>
		<title>左派による「オタク＝ネトウヨ」という短絡思考の源泉</title>
		<link>https://ciel.saiyuuki.net/archives/2202</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[まつ]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 20 Dec 2024 15:01:24 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[コラム]]></category>
		<category><![CDATA[社会]]></category>
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					<description><![CDATA[もくじ 先入観・固定観念によるもので論理自体は極めて単純オタクのステレオタイプがこれネトウヨのステレオタイプがこれスケープゴートにする意志を明確に感じます 先入観・固定観念によるもので論理自体は極めて単純 論理的にはA= [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[

  <div id="toc" class="toc tnt-number tnt-number border-element"><input type="checkbox" class="toc-checkbox" id="toc-checkbox-2"><label class="toc-title" for="toc-checkbox-2">もくじ</label>
    <div class="toc-content">
    <ol class="toc-list open"><li><a href="#toc1" tabindex="0">先入観・固定観念によるもので論理自体は極めて単純</a><ol><li><a href="#toc2" tabindex="0">オタクのステレオタイプがこれ</a></li><li><a href="#toc3" tabindex="0">ネトウヨのステレオタイプがこれ</a></li></ol></li><li><a href="#toc4" tabindex="0">スケープゴートにする意志を明確に感じます</a></li></ol>
    </div>
  </div>

<h2 class="wp-block-heading"><span id="toc1">先入観・固定観念によるもので論理自体は極めて単純</span></h2>



<p>論理的には<span class="fz-24px"><span class="marker-under-red">A=C、B=C、よってA=B</span></span>というもので、これを先入観や固定観念で型枠化されたステレオタイプに対して行われているもの</p>



<h3 class="wp-block-heading"><span id="toc2">オタクのステレオタイプがこれ</span></h3>



<div class="wp-block-media-text is-stacked-on-mobile"><figure class="wp-block-media-text__media"><img fetchpriority="high" decoding="async" width="446" height="302" src="https://ciel.saiyuuki.net/wp-content/uploads/2024/12/ESajoQKUEAQmehi.jpg" alt="" class="wp-image-2204 size-full" srcset="https://ciel.saiyuuki.net/wp-content/uploads/2024/12/ESajoQKUEAQmehi.jpg 446w, https://ciel.saiyuuki.net/wp-content/uploads/2024/12/ESajoQKUEAQmehi-300x203.jpg 300w" sizes="(max-width: 446px) 100vw, 446px" /></figure><div class="wp-block-media-text__content">
<p>その容貌から女性から相手にされる可能性が存在しないので、「代償行為」として萌えオタクになるという思い込みでイメージが作られる。しかもこのステレオタイプはおよそ30年前にできていて、長らく使い古されてきている。<br><br>概ね女性のオタク嫌悪もオタクのイメージがこのような容貌の悪い人を前提にした偏見による差別意識を持っています。</p>
</div></div>



<h3 class="wp-block-heading"><span id="toc3">ネトウヨのステレオタイプがこれ</span></h3>



<div class="wp-block-media-text has-media-on-the-right is-stacked-on-mobile"><div class="wp-block-media-text__content">
<p>意識高い系の左派から見れば意識が低い愚かな衆愚と見ており、その意識の低さの原因を「趣味にかまけて自己研鑽をしないから」としている。<br>そのため「自己研鑽を怠るような人は容貌にも気を配らない醜い人たちになる」という思い込みからこのようなイメージが作られる。</p>
</div><figure class="wp-block-media-text__media"><img decoding="async" width="600" height="462" src="https://ciel.saiyuuki.net/wp-content/uploads/2024/12/10878656i.jpeg" alt="" class="wp-image-2205 size-full" srcset="https://ciel.saiyuuki.net/wp-content/uploads/2024/12/10878656i.jpeg 600w, https://ciel.saiyuuki.net/wp-content/uploads/2024/12/10878656i-300x231.jpeg 300w" sizes="(max-width: 600px) 100vw, 600px" /></figure></div>



<p>その結果、<br><span class="fz-36px"><span class="bold-red">イメージ丸被りなんです。</span></span><br>イメージが丸被りしているものだからオタク＝ネトウヨという図式ができてしまう訳です。<br><span class="red"><span class="fz-24px">オタクは醜い、ネトウヨも醜い、よって醜い男はオタク</span></span><span class="red"><span class="fz-24px">で</span></span><span class="red"><span class="fz-24px">ネトウヨである</span></span><br>という論法。結局外見でこうだと決めつけているのである。<br><br>如何せんあたしは元共産党員で、まだ党員であった2021年の夏頃に容姿を理由にオタクかつネトウヨ呼ばわりされた事があるのはこのようなステレオタイプが存在してるからでもあるわけで。見た目が悪いだけで思想信条まで決め付けてくるわけなんですよね。女性からの需要がないのは醜いからだ、それをこじらせてそうなったのだから、醜いバケモノになった自業自得だというのです。<br>なお、今のフェミニストの女性はイケメンの男以外の男は皆これに見えているようです。満点以外は零点という白黒思考が強いので。</p>



<h2 class="wp-block-heading"><span id="toc4">スケープゴートにする意志を明確に感じます</span></h2>



<p>「コイツさえいなければ」という感情で問題が起きれば何でもかんでも醜くてキモい男のせいにすれば解決するという思い込みがあるようですが、そんな短絡的な思考をしている時点で賢いとは言えません。現実の問題は複雑に絡んでいるので簡単に解決はできないもの。1秒でも早く解決したいという気持ちから短絡的な論理展開をするようになる。結果的に小林よしのりが新・ゴーマニズム宣言で展開したのと同様の近道論法に陥るのである。<br><br>小林よしのりは「公の精神」という言葉を使った言わば滅私奉公によってなされる「道徳ファシズム」によって世の中の乱れを最短距離で正せるかのように謳っていたと記憶しており、あたしは「自由があることが世の中の乱れを起こしているのであれば、自由をなくせばいいという発想は短絡的だ」と呆れていたもの。<br><br>だからこれになびくネトウヨ達は物事の解決のためになりふり構わず最短距離で行くことしか頭にない人たちか？と思っている次第だった。<br>それを左派陣営の方がやり出すと頭が痛い思いがする。</p>
]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>どうしてフェミニストと対峙することになったのか</title>
		<link>https://ciel.saiyuuki.net/archives/23</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[まつ]]></dc:creator>
		<pubDate>Mon, 01 Feb 2021 13:41:55 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[コラム]]></category>
		<category><![CDATA[社会]]></category>
		<category><![CDATA[オタク]]></category>
		<category><![CDATA[フェミニズム]]></category>
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					<description><![CDATA[もくじ 新自由主義の補完勢力となることで反新自由主義という立場上避けられなくなった規制から「解放」されることが自由だと解している点では新自由主義と軌を一にする「自分が第一」のために持続可能な社会に対して顧みない女性はより [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[

  <div id="toc" class="toc tnt-number tnt-number border-element"><input type="checkbox" class="toc-checkbox" id="toc-checkbox-4"><label class="toc-title" for="toc-checkbox-4">もくじ</label>
    <div class="toc-content">
    <ol class="toc-list open"><li><a href="#toc1" tabindex="0">新自由主義の補完勢力となることで反新自由主義という立場上避けられなくなった</a><ol><li><a href="#toc2" tabindex="0">規制から「解放」されることが自由だと解している点では新自由主義と軌を一にする</a></li></ol></li><li><a href="#toc3" tabindex="0">「自分が第一」のために持続可能な社会に対して顧みない</a><ol><li><a href="#toc4" tabindex="0">女性はより自由であるべきということが社会の共同体を分断し、破壊する</a></li><li><a href="#toc5" tabindex="0">むしろ新自由主義と交差する</a></li></ol></li><li><a href="#toc6" tabindex="0">フェミニズムの大権威が発した「平等に貧しくなろう」という言葉の何が問題か</a><ol><li><a href="#toc7" tabindex="0">後の世代に対する無関心こそが諸悪の根源</a></li><li><a href="#toc8" tabindex="0">「平等に貧しくなれ」と言葉を発した著名人がもう一人</a></li></ol></li><li><a href="#toc9" tabindex="0">昔のフェミニズムの真っ当で穏健な面影はなくなった</a><ol><li><a href="#toc10" tabindex="0">当方も元はフェミニストでしたが</a></li><li><a href="#toc11" tabindex="0">オタク男性が叩かれる理由とは</a></li><li><a href="#toc12" tabindex="0">自己の利益の最大化を目的とすることで先鋭化した</a></li></ol></li></ol>
    </div>
  </div>

<h2 class="wp-block-heading"><span id="toc1">新自由主義の補完勢力となることで反新自由主義という立場上避けられなくなった</span></h2>



<h3 class="wp-block-heading"><span id="toc2">規制から「解放」されることが自由だと解している点では新自由主義と軌を一にする</span></h3>



<p>根本的には不当な規制があるせいで思い通りの意思決定ができないと考えているので、如何に岩盤規制を破壊して、自身の利益を最大化できるよう意思決定できる環境を確保できるかという視点に立ちます。</p>



<h2 class="wp-block-heading"><span id="toc3">「自分が第一」のために持続可能な社会に対して顧みない</span></h2>



<h3 class="wp-block-heading"><span id="toc4">女性はより自由であるべきということが社会の共同体を分断し、破壊する</span></h3>



<p>問題は、<strong>気に入らなければ容赦なく「拒否する自由」</strong>を声高に主張することです。社会共同体では例え気に入らない人がいようとも折り合いをつけなければなりません。<span wfd-id="297" class="bold">社会共同体の中で誰かを排除しようものならば、ゆくゆくは自らも排除の対象となり得ます</span>。「<a rel="noopener" target="_blank" href="https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BD%BC%E3%82%89%E3%81%8C%E6%9C%80%E5%88%9D%E5%85%B1%E7%94%A3%E4%B8%BB%E7%BE%A9%E8%80%85%E3%82%92%E6%94%BB%E6%92%83%E3%81%97%E3%81%9F%E3%81%A8%E3%81%8D">ニーメラーの言葉</a>」も結構他人事でないと刺さる話です。<br><br>しかし、かの人たちは「譲歩したら負け」というプライドがあるせいか、折り合いをつけるということが屈辱的にまでに耐えられず、どうしても気に入らない人を排除したいと考えてしまいます。そこでどうするかといえば、<span wfd-id="296" class="bold">社会共同体そのものを破壊してバラバラにしてしまうことで排除を実現しよう</span>としてしまうのです。<br>基本的に<span wfd-id="657" class="bold">極端な個人主義</span>とも言えます。<br>そうして社会共同体を破壊していった結果どうなったかは、相次ぐ自然災害やこのコロナウィルスの問題で浮き彫りになってきたのではないかと思います。<br><br>これは先述の通り、新自由主義の問題かと思われがちですが、先述のとおりフェミニズムの希求する自由のありようが新自由主義と軌を一にするため、結果として補完勢力として考える必要があります。</p>



<h3 class="wp-block-heading"><span id="toc5">むしろ新自由主義と交差する</span></h3>



<p>極端に個人主義であり国家を消極的なものとしてしか見ないイデオロギーであるのが新自由主義といえます。<br>新自由主義は国家という存在をできる限り後退させるのが望ましいと信じグローバル化を熱心に推進してきたんですが、フェミニストも不都合な規制や抑圧を排除するために国家という存在をできる限り後退させようと考えているため、国家という存在をできる限り後退させたいという点で新自由主義と利害が一致するので交差するわけです。<br><br>結果としては新自由主義に取り込まれることとなり、これが「新自由主義の侍女」とも言われる原因の一つでもあります。</p>



<h2 class="wp-block-heading"><span id="toc6">フェミニズムの大権威が発した「平等に貧しくなろう」という言葉の何が問題か</span></h2>



<h3 class="wp-block-heading"><span id="toc7">後の世代に対する無関心こそが諸悪の根源</span></h3>



<p>今日の日本におけるフェミニズム大権威こと上野千鶴子が発したのこの言葉の本質はどういうものか。それは自分が利益を享受できればそれでよく、後人がどうなろうが知ったことではないという自己中心的極まりないものと言えます。<br>まさにマルクスが揶揄した「大洪水よ我が後に来たれ！」という考え方そのものです。<br>(日本人には「後は野となれ山となれ」という表現の方がしっくりくるかもしれません。)<br><br>このような考え方の人に次世代の人がどうなろうが関心を持とうとすることはありません。次世代を担う人に対する配慮が全くない時点で、持続可能な社会なんていうことは一顧たりともしていないことは明らかです。<br><br>元を正せば少子化の問題は経済的な問題ではなく、上野千鶴子のような自己中心的な人物が打算的な意思決定の下で子どもを産むことより、自分の見栄を第一に考えた方が幸福だと結論づけた結果です。<br><br>マルサスの人口論では経済力があるはずの先進国で少子化が起きるということを説明することはできません。ところが、ヴェヴレンはこの問題を先進国では出産・育児にかけるお金より自己の見栄のための出費を優先してしまうために少子化が起きると説明しており納得がいきます。<br>この流れを加速させる役割を担ってきたのが他でもない上野千鶴子ではありませんか。</p>



<h3 class="wp-block-heading"><span id="toc8">「平等に貧しくなれ」と言葉を発した著名人がもう一人</span></h3>



<p>ちなみに「平等に貧しくなろう」と言葉を発した著名人がもう一人います。<br>その名は<span class="bold">竹中平蔵</span>。日本において小泉政権以降の新自由主義を推進し、結果として衰退を招いてきた人物。しかしながら政府ですらひれ伏すほどの日本における新自由主義の「大権威」であります。こちらも上野千鶴子同様に自分の利益のためには国民がどうなろうが知ったことではないという考え方です。<br>何せ、竹中平蔵が会長となっているパソナグループの利益誘導のためにわざわざ旅行業界への休業補償ではなくGoToトラベルを推進したか。事務処理でパソナグループが関与することで中抜きして利益誘導しようとしたと考えられます。<br>竹中平蔵も自分の利益のためなら国民がどうなろうが知ったことではないというマインドの持ち主だからこそこのような施策を思いつくのでしょう。<br>まともな感覚なら、観光業界を守ろうとするのであれば、GoToトラベルではなく休業補償を考えるはずです。<br><br>まぁ、言うなれば日本における「フェミニズムの大権威」と称される上野千鶴子の目線というのは竹中平蔵と同じ、弱肉強食の新自由主義、市場原理主義に凝り固った人という事なんですよ。</p>



<h2 class="wp-block-heading"><span id="toc9">昔のフェミニズムの真っ当で穏健な面影はなくなった</span></h2>



<h3 class="wp-block-heading"><span id="toc10">当方も元はフェミニストでしたが</span></h3>



<p>私が支持していたものは80年代の田嶋陽子世代のフェミニズムまでで、いかに女性が自立できるかという点を重視した立場にありました。以後の流れについては違和感を持ちアップデートを拒み「オールドタイプ」として存続することも考えましたが、アップデートを強要する流れに抗し得ず、降りることにしました。<br><br>しかし今に至っては80年代までに築かれたものを否定してしまうような流れで、女性を如何に労せず利益を最大化するために男が如何に強くあるべきかという点に立っており、<span wfd-id="785" class="bold">男に対してだけは情け容赦なく徹底した自助・自己責任を主張</span>する<strong>強烈なマッチョイズム</strong>に変容するようになりました。なぜそんなに男性ばかりに自助・自己責任を強調するのかというと、それに耐えうる強さが男にないと<strong>男から搾取できるだけの価値が形成されないから</strong>です。<br><br>なぜそうなるかというと、多くの場合はとりわけ抜きん出た才能があるわけではないので自力で頂点に成り上がれるとは思わないでしょう。しかし、幸せになるために頂点に立とうという野望は諦められません。そうなるとどういうことになるかというと、優秀な男を支配下に置き、踏み台にすることで成り上がろうと考えるのです。<br>元を正せば頂点(＝ナンバーワン)にならないと幸せになれないという認知の歪みが問題だと思いますが。</p>



<p>シンデレラコンプレックスは一般的には有能で仕事ができ、社会的に自立している反面、他人に依存したいという潜在的な欲求が強い人と思われがちですが、むしろ凡庸で自力で頂天に立てない人が「王子様」をゲットすることで一発逆転を狙おうという意図があると見ます。そしてその一発逆転が狙えるかどうかで男を査定するようになってしまったのです。<br><span wfd-id="905" class="bold">奇しくも東京都知事の小池百合子ですらこのロジックを利用して立身出世してきたのです</span>。<br></p>



<h3 class="wp-block-heading"><span id="toc11">オタク男性が叩かれる理由とは</span></h3>



<p>今日のフェミニストはとりわけオタクの男性が叩かれるわけなんですが、それも原因ははっきりしています。<br>まず、大権威の上野千鶴子がオタクの解釈が杜撰というか、<span wfd-id="293" class="bold">「女性にとって需要のない男」の代名詞</span>として適当に使っているからです。この時点で<strong>市場価値で人の存在価値まで決めてしまう</strong>ような、市場原理主義的な思考が垣間見えるのがダメすぎますね。<br>私は上野千鶴子を本質的にはフェミニストとは考えておらず、フェミニズムを介した新自由主義・市場万能主義者と見ています。<br><br>次いで本来は<span class="bold">オタクの解釈を「趣味人」と解する方が理屈に合います</span>。そうした上でフェミニストは趣味人を嫌います。<br>なぜならば、女性に選ばれるために費やすリソースを趣味に投じていては、自分の居場所がなくなることを恐れるという弱みを握れないので思うように支配し、搾取することはできません。これが不都合なので攻撃するわけです。言い換えれば、<span wfd-id="292" class="bold">趣味を犠牲にしてでも相応しい男になるよう努力してあって然るべき</span>ということです。</p>



<h3 class="wp-block-heading"><span id="toc12">自己の利益の最大化を目的とすることで先鋭化した</span></h3>



<p>今日のフェミニストの問題に何があるかと言えば、<strong>自由の解釈</strong>にあります。端的に言えば<strong>生殺与奪何でもできると解している</strong>点。そうなれば、行動規範は自己の利益の最大化で徹底されます。それに対して<strong>支障をもたらすものは力づくで排除してもよい</strong>ということになります。<br>そうして物事の考え方が先鋭化しどんどん過激な方向に向かって収拾がつかなくなっている。これが今のフェミニズムのありようです。<br>旧い世代が築き上げたものを理解しようとするほどに矛盾を感じてくる。これが今日のフェミニストの問題です。<br>どうしてこうなったのかと、嘆かわしいかぎりです。</p>
]]></content:encoded>
					
		
		
			</item>
		<item>
		<title>オタクの認識を一変させた中学3年の出来事</title>
		<link>https://ciel.saiyuuki.net/archives/34</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[まつ]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 31 Jan 2021 10:34:49 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[コラム]]></category>
		<category><![CDATA[文化]]></category>
		<category><![CDATA[社会]]></category>
		<category><![CDATA[オタク]]></category>
		<category><![CDATA[石切山聡偲]]></category>
		<category><![CDATA[進学塾]]></category>
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					<description><![CDATA[もくじ オタクはしばしば差別の対象として槍玉に挙がるので社会の項目として挙げます進学塾の講師が話した雑談が衝撃的でした努力家で上昇志向の高い人ほどオタクに対して憤りの矛先に向ける私がオタクに偏見を持たないのは過去に良い出 [&#8230;]]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[

  <div id="toc" class="toc tnt-number tnt-number border-element"><input type="checkbox" class="toc-checkbox" id="toc-checkbox-6"><label class="toc-title" for="toc-checkbox-6">もくじ</label>
    <div class="toc-content">
    <ol class="toc-list open"><li><a href="#toc1" tabindex="0">オタクはしばしば差別の対象として槍玉に挙がるので社会の項目として挙げます</a></li><li><a href="#toc2" tabindex="0">進学塾の講師が話した雑談が衝撃的でした</a></li><li><a href="#toc3" tabindex="0">努力家で上昇志向の高い人ほどオタクに対して憤りの矛先に向ける</a></li><li><a href="#toc4" tabindex="0">私がオタクに偏見を持たないのは過去に良い出会いがあってこそ</a></li></ol>
    </div>
  </div>

<h2 class="wp-block-heading"><span id="toc1">オタクはしばしば差別の対象として槍玉に挙がるので社会の項目として挙げます</span></h2>



<p>私自身は現在オタクに対して差別意識を持っておらず、むしろオタクを理由に差別していことの方を問題にしています。<br>当の私もその出来事ができる前というのは、何を考えているか分からない人とか、根暗な人とかそういうイメージが既に流れていました。私も実際どういう人物かというのも知らないし、1993年当時はインターネットは普及していないので、知りうる範囲というのはテレビを中心とした放送メディアなどで知り得た情報のみ。</p>



<h2 class="wp-block-heading"><span id="toc2">進学塾の講師が話した雑談が衝撃的でした</span></h2>



<p>まずは思い出話になるんですが、中学3年の頃、進学塾に通っていたのですが、英語を担当していた講師が石切山聡さん。<br>(後年「石切山聡偲」と名乗っており、テレビ朝日「たけしのTVタックル」という番組でも取り上げられるような活躍をされておりびっくりしてます。)<br>思い出すと、とても懐かしいお名前です。<br>授業もとても分かりやすく、学校の授業ではポイントがつかみづらく回りくどいと感じる程です。<br><br>当時は何だか分かんないけど、学校の定期テスト、市内統一テスト、や進学塾で実施している模擬試験の成績を考慮したのか、志望校にしていない難関校クラス(Aクラス)に配置されてしまい、何とかついて行った覚えがあります。(第一志望はBクラスなんですけどね。)<br><strong>当然ながら、ラクなクラス分けでは力はつきません</strong>ので、この配置でもよかったのかもしれません。<br>他所の中学の人たちにも面白い人たちがいて飽きなかったね。<br><br>結局入試の方は内申点が思うように伸びない問題と第一志望も第二志望も高倍率の組み合わせという結構チャレンジングな組み合わせをしたので、第二志望の方に行くことになりましたが。<br>(Aクラスでついて行けるのであれば、1ランク上の難関校で通用するレベルなので、おそらく内申点を考慮しなければ第一志望は通った。やはり「内申点制度の闇」を感じます。)</p>



<p>さて本題に戻りましょう。<br>授業の合間に雑談が入ってきて石切山先生、オタクの話題になります。実はオタクというのも精通度に関しては下の方で、上にはコレクター＜マニア＜仙人という話になります。コレクターやマニアと言った人の方が精通していていて詳しいという位置付けで、オタクが一番下です。その理由も後でわかります。</p>



<p><strong><span class="bold-blue"><span class="bold-green"><span class="bold-red"><span class="fz-18px"><span class="fz-24px">「何かに没頭するものがある時点で『オタク』だ。何かに没頭</span></span></span></span></span><span class="bold-blue"><span class="bold-green"><span class="bold-red"><span class="fz-18px"><span class="fz-24px">できる</span></span></span></span></span><span class="bold-blue"><span class="bold-green"><span class="bold-red"><span class="fz-18px"><span class="fz-24px">ものがない人は、つまらない人間だ。」</span></span></span></span></span></strong></p>



<p>この言葉はとにかく衝撃的だった。<br>没頭しているものがある時点でオタクという定義するカジュアルさ。<br>私はその直後それだけではなく、<strong>没頭するしている人を冷笑する人もつまらない人間</strong>ではないかと気づきを得ています。<strong>冷笑する人は没頭することがかっこ悪いという前提を持っている</strong>から冷笑するわけなので、当然に何かに没頭するなんてことはないはずと思ったからです。<br>(これが冷笑系の薄っぺらさを感じてしまう要因にもなりましたが。)</p>



<p>何かに没頭できる人、狭義に言い換えれば「趣味人」とも受け取れそうです。広義にとってしまえば没頭できるもであれば仕事ですらでもよく、何でも良くなってしまいますね。</p>



<p>後になって調べると語源も「家に引きこもっていそう」とかそういうのではなく、その辺の筋の人が(とりわけ初対面の)相手のことを「お宅さん」という呼び方をしていたのが由来なんだそうです。</p>



<h2 class="wp-block-heading"><span id="toc3">努力家で上昇志向の高い人ほどオタクに対して憤りの矛先に向ける</span></h2>



<p>先述の流れで分かりやすく言えば、<strong>オタクとは「何かに没頭できる人」や「趣味人」です</strong>。しかし、多くの努力家で上昇志向の高い人は勝ち組になるために、自分の好きなことや趣味を犠牲にしてでも少しでも上のステージに上がるために時間・お金・労力などのリソースを集中させて必死になっています。そういう人にとって彼らの生き方というのは、我々が幸せになるためにこんなに我慢しているのに、たいして努力もせずに幸せそうにしていて許せないという怒りが出てくるのでしょう。<br>これは勝ち組と呼べる人たちがしきりに自己責任論を説くのにも通底してくることです。<br><br>とりわけ女性からのオタク差別は顕著なのですが、その原因は各々の趣味に没頭し、女性に選んでもらうための<strong>競争に勝ち抜くためにリソースを割いて努力しようとしない姿勢が許せない</strong>からだと考えられます。女性の方がライバル意識や上昇志向が高く、付き合う男ですらもライバルとの比較対象と位置づけているからではないかと見ます。<br><br>この人たち、何をもって人を見ているのでしょうか。何か没頭するものもなく、ただひたすらあらゆる方面で競争に勝ち続ける「勝ち組」と呼ばれる人にしか興味を示しません。<br>しかし仕方がありませんね。<strong>新自由主義、市場原理主義の社会において競争に勝つことが存在意義というふうに捉える</strong>ようになったのではそうしたくなるのも否めません。良くも悪くも新自由主義、市場原理主義に適応した結果。<br>問題はそのような価値観を生み出す新自由主義、市場原理主義の価値観そのものに問題があると思います。</p>



<h2 class="wp-block-heading"><span id="toc4">私がオタクに偏見を持たないのは過去に良い出会いがあってこそ</span></h2>



<p>私がオタクに偏見を持たないのは、他でもない中学時代に出会った石切山先生のこの言葉があってこそのものです。もしこの言葉を知らないまま歳をとっていたらどうなっていたかわかりません。もしかしたら酷い偏見を持っていたのかもしれません。<br><br>今日の価値観を支える良い出会いだったと再認識します。<br>高校入試にさし当たり、3年になった当初は試験に受かるのかと不安で仕方がなくて、進学塾に行きたいと両親に相談したところ、母がこの進学塾を見つけたのも何か縁ですし、良い思い出です。</p>
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